日本国債イールドカーブの主成分分析とトレード戦略
日本国債イールドカーブの主成分分析とトレード戦略
2025年9月の日銀金融政策決定会合では、年内の利上げ再開が市場で意識されています。長期にわたる異例の緩和政策が転換点を迎え、YCC(イールドカーブ・コントロール)終了後の金利水準は急上昇しています。こうした背景のもと、イールドカーブの形状や構造に着目した分析は、政策判断やマーケットセンチメントを読み解く上で極めて有益です。
本記事では、日本国債のイールドカーブに対する主成分分析(PCA)を行い、金利構造の変化をどのように読み解き、トレード戦略に活用できるかを検討します。
図1:日本国債利回りの推移
図1は、期間別(1年債〜40年債)の日本国債利回りの推移を示しています。
利回り水準は2010年代にかけて低下を続け、特に2016年のマイナス金利導入後は超低位で安定していましたが、2023年以降はインフレ圧力と政策正常化を背景に急速に上昇しました。
図2:日本国債のイールドカーブ
図2では、現在から過去15年間の主要な時点(1年前、5年前、10年前、15年前)におけるイールドカーブを比較しています。
現在のカーブは急峻な右上がりで、特に超長期(20年〜40年)の利回りが大きく上昇していることがわかります。
また、2016〜2021年のYCC(イールドカーブ・コントロール)下では10年債利回りが強く抑制され、平坦化された構造が観察されました。
図3:主成分ベクトル
図3は、利回りの変化を第1〜第3主成分に分解した際の固有ベクトルを示します。
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第1主成分:全期間にわたってほぼ同符号であり、"利回りの水準(Level)"を表す
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第2主成分:短期と長期で符号が逆転し、"傾き(Slope)"を示す
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第3主成分:中期ゾーンが逆符号となり、"曲率(Curvature)"(凹凸の形状)を示す
図4:主成分の寄与度
図4は、各主成分が全体の分散に対してどれだけ寄与しているかを示しています。
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第1主成分が約95%を占めており、利回りの変動は主に水準の変化で説明できる
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第2・第3主成分はそれぞれ数%未満で、傾きや凹凸といった形状変化に対応する
よって、カーブの微細な歪みは小さな割合ながら、戦略的には注目すべき要素です。
図5:第1主成分スコアの推移
図6:第2主成分スコアの推移
図7:第3主成分スコアの推移
主成分スコアをZスコア化(平均0、標準偏差1)することで、異常水準の検出が可能になります。
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図5(第1主成分スコア):非定常であり、トレンドとして長期にわたる変動がある(平均回帰はしない)。2023年以降、このスコアは急激に上昇しており、日銀の政策転換を背景とした金利水準の上昇が構造的な変化として現れていることがわかります。
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図6(第2主成分スコア):定常であり、一定の範囲に収まる傾向がある(平均回帰性あり)
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図7(第3主成分スコア):定常であり、凹凸の異常があれば戻る傾向がある
2025年現在、第3主成分スコアが+2σに近づいており、中期利回りが沈み、超長期利回りが突出して高い"凹型カーブ"が形成されていることを意味します。
トレード戦略への応用
危険な戦略:単純な水準逆張り(第1主成分)
第1主成分スコアは非定常であるため、利回りが高いからといって"買い時"とは限りません。
水準に対して逆張りを行うことは、統計的にはリスクの高い戦略です。
妥当な戦略:定常主成分を使ったスプレッドトレード
一方で、第2・第3主成分は定常であり、Zスコアが±1.5〜2を超える場合には平均回帰が期待できます。
特に第3主成分に注目した場合:
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現在の「下に凸」な歪んだカーブが、中央が盛り上がる通常の形状に戻ると見て、中期債ショート・超長期債ロングのスプレッドを取る戦略が考えられます。
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この構成は水準リスク(第1主成分)をある程度ヘッジした形になるため、リスク管理にも適しています。
個人投資家への示唆
日本では、米国のようにゾーン別の債券ETF(SHY, IEF, TLTなど)が整備されていないため、主成分トレードを直接実行するのは難しい状況です。
しかし、主成分スコアは投資判断の補助指標として有効であり、以下のような使い方が可能です:
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金利水準のトレンド把握(第1主成分)
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イールドカーブの反転兆候(第2主成分)
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歪んだカーブ形状の是正タイミング(第3主成分)
おわりに
本記事では、日本国債の利回りに主成分分析を適用し、各成分の意味と統計的特性を踏まえたトレード可能性を検討しました。
特に第2・第3主成分の定常性とZスコアによる異常検出は、裁量トレードやファクターモデル構築において強力なヒントを与えてくれます。
主成分分析は金融市場における複雑な構造を"可視化"し、かつ"構造的に分類"するための優れたアプローチです。
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