米国におけるクレジットカード支払い延滞率決定要因の構造変化

はじめに

米国におけるクレジットカード支払い延滞率は、家計の金融健全性を測る重要な指標であり、その決定要因は経済環境や金融政策の変動によって影響を受ける。本研究では、連邦準備銀行セントルイスが提供するFREDデータベースを用いて、1991年から2024年までの延滞率の時系列データを分析し、失業率、インフレ率、米国債利回りを説明変数とする重回帰モデルを構築した。特に、2000年から2015年の間に構造変化点が存在するかを検証し、ベイズ情報基準(BIC)を用いて最適なモデルを選択した。その結果、2011年が構造変化点として特定され、米国債利回りの影響がこの時期以降に顕著に変化したことが明らかになった。本レポートでは、分析結果を基に延滞率の決定要因とその構造変化について考察する。
データと手法
分析には、FREDから取得した以下の四半期データを用いた。延滞率(DRCCLACBS)はクレジットカードローンの90日以上延滞率を表し、失業率(UNRATE)、インフレ率(CPIAUCSLの前年比変化率)、10年物米国債利回り(DGS10)を説明変数とした。これらのデータは1991年第1四半期から2024年第4四半期までの約136観測値で構成され、月次または日次データを四半期平均に変換して統一した。モデル構築では、2000年から2015年までの各年を構造変化点候補とし、ダミー変数(指定年以降を1、それ以前を0)を導入。さらに、各変数とダミーの交互作用項を含めたフルモデルから、BICを用いて変数選択を行い、最適な構造変化点とモデルを特定した。残差に系列相関が確認されたため、Newey-West法による頑健な標準誤差を計算し、推定結果の信頼性を補強した。
分析結果
BICに基づくモデル選択の結果、最適な構造変化点は2011年であり、最小BIC値は231.66であった。最終モデルは失業率、インフレ率、米国債利回り、2011年以降のダミー変数、そして米国債利回りとダミーの交互作用項で構成され、他の交互作用項は除外された。このモデルの決定係数は0.825と高く、延滞率の変動の約82.5%を説明する。Newey-West法による修正後も主要な結論は維持され、系列相関の影響が推定の信頼性を大きく損なわないことが確認された。
失業率は全期間を通じて正の影響を持ち、係数は約0.157で統計的に有意であった。これは、失業率が1%上昇すると延滞率が約0.157%上昇することを意味し、雇用状況の悪化が家計の返済能力を直接的に低下させることを示す。インフレ率は負の影響を持ち、係数は約-0.079であったが、Newey-West修正後、p値が0.0618となり、5%水準での有意性は失われた。ただし、10%水準では有意であり、インフレが実質債務負担を軽減する傾向が弱いながらも存在する可能性が示唆された。
米国債利回りの影響は2011年を境に明確な構造変化を示した。2011年以前では係数が-0.054と小さく、非有意であったが、2011年以降は交互作用項の係数0.531が加わり、合計で約0.476となり、非常に有意であった。これは、2011年以降に利回りが1%上昇すると延滞率が約0.476%上昇することを意味する。また、ダミー変数の係数は-3.468で、2011年以降の延滞率のベースラインが大幅に低下したことを示す。これらの結果から、2011年以降は金利感応度が急上昇しつつ、ベースライン延滞率が抑制された構造変化が起こったと解釈できる。
構造変化の経済的背景
2011年が構造変化点として選ばれた背景には、米国経済の特有の状況が関与している。2008年のリーマンショック後、連邦準備制度はゼロ金利政策と量的緩和(QE)を導入し、金融危機に対応した。しかし、2011年6月にQE2が終了し、金融市場は政策の正常化を意識し始めた。また、同時期に欧州債務危機が深刻化し、米国債務上限問題が政治的混乱を招いた。これらの出来事は金利環境に変動をもたらし、家計の借入コストに影響を及ぼした可能性がある。特に、クレジットカード金利は変動金利が多く、米国債利回りと連動するため、2011年以降の金利上昇が延滞率を押し上げる要因となったと考えられる。
一方、ダミー変数の負の係数は、2011年以降に延滞率のベースラインが低下したことを示す。これは、金融危機後の規制強化(例えば、2010年のDodd-Frank法)や消費者保護の向上により、家計がクレジットカード依存を減らし、負債管理を改善した結果と解釈できる。また、危機後の経済回復が緩やかであったにもかかわらず、失業率やインフレ率の影響が全期間で一貫していたことは、家計の返済行動がこれらのマクロ要因に依存し続けたことを示唆する。
解釈と政策的示唆
分析結果から、米国クレジットカード延滞率の決定要因には、時間を通じて安定した要因と、2011年以降に変化した要因が共存していることが明らかになった。失業率は全期間で一貫して正の影響を持ち、雇用政策が延滞率抑制に重要であることを示す。インフレ率の負の影響は弱いが、実質債務負担の軽減効果が一定程度存在する可能性があり、インフレ管理が間接的に家計の金融健全性に寄与しうる。
最も注目すべきは、2011年以降の米国債利回りの影響強化である。金利感応度の上昇は、金融政策の正常化が家計の返済負担を増大させ、延滞リスクを高めたことを意味する。この構造変化は、2008年危機の遅延効果や2011年の政策転換が背景にあると考えられ、金利上昇期における家計支援策の必要性を示唆する。例えば、低所得層向けの金利軽減策や返済猶予が延滞率の急上昇を防ぐ一助となりうる。
ベースライン延滞率の低下は、金融危機後の家計行動の適応や規制環境の改善を反映している可能性が高い。これは、消費者教育や信用管理の強化が長期的な延滞抑制に寄与しうることを示し、政策立案者にさらなる支援策の検討を促す。
結論
本研究は、米国クレジットカード支払い延滞率の決定要因を分析し、2011年を構造変化点として特定した。失業率とインフレ率は全期間で一貫した影響を持つ一方、米国債利回りは2011年以降に強い正の影響を発揮し、ベースライン延滞率が低下する構造変化が観察された。この変化は、金融危機後の金利環境の転換と家計の適応を反映しており、金融政策と消費者保護の両面から延滞率を管理する重要性を浮き彫りにした。今後の研究では、残差の系列相関を直接扱うモデル改良や、他の要因(家計負債総額など)の追加により、さらなる洞察が得られるだろう。
Rのコード
# 必要なパッケージのインストールと読み込み if (!require("quantmod")) install.packages("quantmod") if (!require("tidyverse")) install.packages("tidyverse") if (!require("xts")) install.packages("xts") if (!require("sandwich")) install.packages("sandwich") # Newey-West用 if (!require("lmtest")) install.packages("lmtest") # coeftest用 library(quantmod) library(tidyverse) library(xts) library(sandwich) library(lmtest) # 警告メッセージを抑制 options(xts.message.period.apply.mean = FALSE) # カスタム関数: 四半期インデックスを生成 quarterlyIndex <- function(dates, start = "end") { quarters <- as.yearqtr(dates) if (start == "start") { as.Date(quarters, frac = 0) # 四半期初(例: 1991-01-01) } else { as.Date(quarters, frac = 1) # 四半期末(例: 1991-03-31) } } # FREDからデータを取得(最大期間) getSymbols(c("DRCCLACBS", "UNRATE", "CPIAUCSL", "DGS10"), src = "FRED") # インフレ率の計算(CPIの前年比変化率) CPIAUCSL_inflation <- 100 * (CPIAUCSL / lag(CPIAUCSL, 12) - 1) # データの期間を揃えるため、四半期データに変換 DRCCLACBS_q <- to.quarterly(DRCCLACBS, OHLC = FALSE) UNRATE_q <- apply.quarterly(UNRATE, FUN = function(x) mean(x, na.rm = TRUE)) CPIAUCSL_inflation_q <- apply.quarterly(CPIAUCSL_inflation, FUN = function(x) mean(x, na.rm = TRUE)) DGS10_q <- apply.quarterly(DGS10, FUN = function(x) mean(x, na.rm = TRUE)) # インデックスを四半期初に揃える index(DRCCLACBS_q) <- as.Date(quarterlyIndex(index(DRCCLACBS_q), start = "start")) index(UNRATE_q) <- as.Date(quarterlyIndex(index(UNRATE_q), start = "start")) index(CPIAUCSL_inflation_q) <- as.Date(quarterlyIndex(index(CPIAUCSL_inflation_q), start = "start")) index(DGS10_q) <- as.Date(quarterlyIndex(index(DGS10_q), start = "start")) # データを結合 data <- merge(DRCCLACBS_q, UNRATE_q, CPIAUCSL_inflation_q, DGS10_q, all = FALSE) colnames(data) <- c("Delinquency_Rate", "Unemployment_Rate", "Inflation_Rate", "Treasury_Yield") # 欠損値の削除 data <- na.omit(data) # 構造変化点(2011年)を固定し、最適モデルを再現 data$Dummy <- ifelse(index(data) >= as.Date("2011-01-01"), 1, 0) best_of_best <- lm(Delinquency_Rate ~ Unemployment_Rate + Inflation_Rate + Treasury_Yield + Dummy + Treasury_Yield:Dummy, data = data) # 元のモデル要約(比較用) print("元のOLS結果:") summary(best_of_best) # Newey-West標準誤差の計算と修正t検定 nw_se <- vcovHAC(best_of_best, lag = "auto") # ラグは自動選択 nw_test <- coeftest(best_of_best, vcov = nw_se) # 結果の表示 print("Newey-West法による修正結果:") print(nw_test) # 残差のACF(確認用) acf_resid <- acf(best_of_best$residuals, main = "Residual ACF")

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